じっとりと汗にまみれた身体。もう一度シャワーを浴びなければなるまい。だが、家には帰りたくない。
今帰っても、誰も居ない。だがいずれ、母が戻ってくる。あのキンキンとした無遠慮な声だけは、今は聞きたくない。
聡へ侮蔑の言葉を投げた後、学校を出た美鶴は、アテもなく夏の夜を彷徨っていた。
アテはない。行きたいところもない。帰りたくもない。
だが、立ち止まることもできない。
立ち止まると、後ろから聡の腕が伸びてくるようで、怖かった。
聡が怖い。そしてわからない。
あれは脅しだ。立派な犯罪だ。状況を利用して、あのような卑劣な手を出してくるなどっ
「サイテーだよ」
開き直ったような低い声が、耳朶に響く。
敵わないと思った。
逃れられないと思った。
冗談やからかいなどではなく、本気なのだと思った。
片手を口に当てると、舌の動きがまざまざと蘇り、吐き気がした。
なんであんなコトをっ!
好きなんだ
頭にガンガンと響く。
違うっ!
本当に好きなら、あんなコトはしないはずだっ! 私が嫌がるようなコトなんて、するワケがないっ!
だが、ならば聡はどうしてあのようなコトを?
遊びや気紛れであんなコトをしてくるようなヤツでは、ないはずだ。
昔はそうだった。
いつから―――
両手で眼から額を覆う。
聡はただの幼馴染だ。小さい頃を知っているだけの存在だ。ただそれだけだ。
いつから、こんなコトになってしまったのだろう?
認めたくない。
額に当てた、両手を握る。
こんなコト、認めたくない。聡が好きだと言ってくるコトも含めて、なにもかも。
認めたくない。なかったことにしたい。
―――― 忘れたい。
ひどい疲労を感じながら、だが家には帰りたくなかった。
どこかで横になりたい。
どこへ?
ふと脳裏に浮かんだ、寂れた建物。
だが、今は閉まっている。きっと夕方、木崎が施錠してしまっただろう。
あそこは公園の奥隅にあって、人の寄り付かない場所。
誰にも会わない。
きっと、誰にも見つからない。
そんな場所に辿りつきたかった。
朝になったら、きっと木崎さんが開錠にくる。
電車に乗って向かった。ぐずぐずしていたら終電に間に合わなくなるところだった。
時計など持っていないので、今の時間もわからない。
駅舎の壁に背を凭れさせて腰を下ろす。遠くで賑やかに騒ぐ若者の声が聞こえたが、ここは静かだ。
飛び回る蚊が多少ウザいし、風もなく居心地は悪い。だが、ここなら誰にも見つからない。
木崎さんが来る朝までの間―――
朝になったらどうしようなどという予定はない。結局は家へ戻らなくてはならないだろう。そうすれば、あの白塗りの中年女性と顔を合わせるハメになる。
それなら今から帰っても同じことだろうに、美鶴はなぜだかここから離れたくなかった。
誰にも会わずに済む場所に辿り着きながら、フラフラと心が落ち着かない。
誰にも会いたくないのだろうか? それとも?
霞流さんは、元気だろうか?
「逢いたい」
呟いた自分にも、気づかなかった。
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